「シン・ゴジラ」はなぜヒットしたのか?

2017/11/16

予想に反してかなり面白かった、「シン・ゴジラ」。

シン・ゴジラ

 

この映画は長年「ゴジラ」が映画化されるたびにガッカリさせていた我々に「ゴジラ」の本質を伝えてくれた作品だ。

1955年「ゴジラ」が生まれた時、それは恐怖の対象だった。

テレビ放映で見たモノクロの画面から伝わる緊張感に、計り知れない恐怖を感じたのを覚えている。

その後、ゴジラは子供達のヒーローとなり、子供映画の代名詞となり恐怖とは縁遠い「怪獣映画」の枠を出ることはなかった。

ところが、今回の「シン・ゴジラ」はまさに「真」であり「ゴジラ」が恐怖の対象となった原点回帰的な作品だ。

 

3.11以降、私たちは「原発」を始め様々な政治的不信を抱えて生きている。

私たちの社会が、未熟で、利己主義的で、幼稚な嘘で固められていることに多くの人が気づいてしまった。

まさに国民と国家が信頼関係を失っている状態が続いている。

そのフラストレーションが今回の「シン・ゴジラ」をヒットに導いた要因だとしたらあなたはどう思うだろうか?

 

人間は大きくわけて3つの時世で物事を考え、生き方に反映させる。

1つ目は過去に縛られる人。常に物事には原因があり、その積み重ねに今があると考える生き方。物事には常に正しいやり方があり、そうすることでより素晴らしい世界が訪れると信じている。

2つ目は現在を生きる人。今ここで起こっていることに意味があり、自分が体験していることがもっとも重要だと考える生き方。未来は何が起こるかわからないので、今ベストを尽くすことが、より良い人生を築くと信じている。

3つ目は未来を想像して今を生きる人。物事にはいろいろな可能性があり、常により良いやり方が考えられるはずだと信じている。

どの生き方が正しいとか優れているとかはない。それはその人の考え方の特性だ。

 

この作品には、今を生きる政治家たちが「困惑」し「決断」に悩む姿が前半では描かれている。

彼らの失態は、現行の法律と常識の枠の中で「ゴジラ」と対峙しようとしたことが原因だ。

想像を超えた出来事に遭遇した時でさえも、既存のシステムの中でそれをコントロールしようとする人間の滑稽さは、笑いを通り越して、苛立ちすら感じさせる。

それこそ、日本人が今抱えている共通のフラストレーションである。

そして、その苛立ちを払拭してくれるのが、既存の常識にとらわれない想像力を持った科学者と自己を犠牲にしても勇気を持ってそれに立ち向かう未来志向のリーダーシップだった。

この部分における共感がこの作品の人気の秘密だ。

しかし、この映画が語るメタファーが、既存の政治に対するフラストレーションだとしたら、そこには対立する二つのテーゼを内包している。

一つに「ゴジラ」を「原発」に例えた場合、既存の既得権益を廃止し、すべての「原発」を冷温停止する未来を見据えた政治的決断力という見方ができる。

一方で「ゴジラ」を「仮想敵国」として捉えると、「憲法」改正もしくは超法規的手段で戦争のできる国に変える現実志向的な政治的決断力が必要だ、というメタファーであるとも捉えられる。

あなたはこの映画をどのように受け止め、何に共感をしただろうか?


「戦争」も「原発」も手放すことができる「決断力」と「勇気」こんな未来志向のリーダーが現れたとしたら、私のフラストレーションは発散できるのだが.....。

-⑥「バンド」「ロック」「映画」「政治」「カルチャー」「社会問題」を心理学的考察で語ってみた
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