メンターの勧め

あなたには、メンターがいますか?

さて、冒険で主人公を助け、勝利へと導くのがメンターだ。

メンターとは精神的な導きで、その人の成長を助ける「師」のことである。

「スターウオーズ」に出てくるマスター・ヨーダ。

「ロード・オブ・ザ・リング」の城の魔術師ガンダルフ。

ブルースリーに詠春拳と生き方を教えたイップマン…。

そして、俺のメンターの一人は、2013年8月に他界された細川 健 氏だ。

 

細川さんは、ヤングジャパングループを立ち上げ、アリス、海援隊、佐野元春といった、アーティストを育て、さまざまな名曲を世に送りだした名プロデューサーだ。

しかも、細川さんは音楽の知識がまったくないから、驚きだ。

いつも「こころ」で感じて、「こころ」で音楽をつくってきた希少な人物だ。

そのメンターに出会えたことで、俺の人生は大きく変わった。

当時、90年代の中期から後期にかけて、インディーズブームが吹き荒れた。

当時、Hi-STANDARDが爆発的にブレイクし、AIR JAMというイベントで3万人を超える動員のフェスをインディーズのアーティストだけで行うことができた…そんな時代にメンターと初めて出会った。

スペースシャワーの中井社長(現会長)を通じて、細川さんは俺の事務所にやってきた。

細川さんのことはもちろん知っていた、なんせ学生のころに読んだ業界紙に「細川天皇」って書いてあったぐらいだから…相当偉いオジさんなのだろうと思ってた。

中井さんが、細川さんを俺に紹介しようとした瞬間、それをさえぎって細川さんが突然しゃべりだした。

「お前、なんか一緒にできないか!!」

たとえば、となり街の番長が押し掛けてきて、校庭の真ん中で二人で対峙し、さぁこれから戦いが始まる…と思った瞬間、花束を渡されて交際を申し込まれたらどうだろう?

誰もがあまりの衝撃に思考が停止し、混乱するにきまっている。

左脳はカオスの状態に突入し、判断力をうしなって、意識はぼーとっなり、右脳がひたすら言葉を追いかけるのが精一杯…完全なるトランス状態である。

そこから1時間ほど細川さんは一人でしゃべり続け、中井さんは横で申し訳なさそうに俺に視線を送っていた。

アリスとの出会い⇒アメリカツアー⇒それまでの興行師という仕切りから脱却し、コンサートの仕切りをイベンターへ移していったこと⇒やくざ系の借金が返せず、毎月の返済日に殴られに行った話⇒音楽制作者連盟を立ち上げて、プロダクションの権利を拡大させたこと…などなど…「細川 健 劇場」は感情豊かに繰り広げられた…。

細川さんは嵐のように話し続けると、「それじゃあ、また来る」と言って帰って行った。

中井さんは最後にエレベーターホールのところで「本当ごめんな、こんなはずじゃなかったんだけど」と、本当に申し訳なさそうにしていた。

台風「ケン ホソカワ1号」が去った後に、俺の「こころ」に残ったのは「業界を変えるのは、若者、バカ者、よそ者なんだ!」という言葉だった。

それから、毎週のように台風「ケン ホソカワ」はやってきて「細川 健 劇場」を同じような調子で語り、話がループしかかると「じゃあ、また来る」と言って帰って行った。

当時、うちの事務所は池袋にあったから、恵比寿にあるポリスターからはそんなに気軽に立ち寄るような場所ではなかったのに。

そして、この出会いがきっかけとなり、インディーズの流通を手がける「3D system」という会社がたちあがった(後にBoundeeとなり、現在ではスペースシャワーの一部になっている)。

細川さんの突進力は凄まじく、次から次へと問題を解決して行った。

毎週のように、誰かしら大物のところにいって、出資をお願いしたり、情報を提供してもらったり、システムを解放してもらったり。

時代を造る人とは、こういう風に働くんだというのを間近に見て「細川 健」という人間の底知れないパワーを感じた。

もともと、俺たちは既存の音楽業界からしめだされたバンドをあつめて、インディーズのレーベルをやっていたので、まったくと言っていいほど日本の音楽業界の人たちを知らなかった。

今は、いろいろな人とおつきあいをさせてもらっているが、ほとんどが細川さんを通じて出会った人ばかりだ。

そして、俺の人生をもっとも大きく変えた出来事は、Hi-STANDARDとの別れだ。

このときの細川さんの一言が、俺に大きな決断をさせた…この一言で大きく背中を押され、今の俺がいるような気がする。

当時、Hi-STANDARDは人気絶頂で、すでに俺が彼らになにかをしてあげれるようなことがなくなっていた。

アメリカでのディールもあって、世界中をツアーできるようになっていた。

そのまま一緒にやっていても、俺は彼らに「ぶら下がって」いるだけだ…。

その悩みを細川さんに伝えた。

「世の中には、それにぶら下がって飯を食っている奴ばかりだ…おまえもせっかくここまでやったんだから、それにぶら下がっていったって誰も文句は言わないよ。でも、それに違和感を感じるならそれはお前の生き方じゃないんだ…アーティストを育てるのか、アーティストで食っていくのか、お前の使命がなんなのか…答えはすでにお前のこころの中にあるはずだよ。」

このとき、胸の中にあったすべての錘がすーっと消えて俺の決心は固まった。

たぶん、細川さんもたくさんのアーティストをこうやって世の中に送り出して行ったんだろうな…と思った。

そして、細川さんはそれを俺に伝えるために、俺に会いにきたんじゃないかと…さえ、思う。

思い出したら…涙が出てきた…細川さん…ありがとう

そして、初めて細川さんにあったときの年齢に俺もそろそろなりかかってる…とてもじゃないけど、あの頃の細川さんには叶わない。

凄いな~。

最後に、「お見舞いに行ってもいいですか?」と携帯に電話したら…

「元気になるまで待ってろ」と元気な声で言われた…細川さん、本当にありがとうございました

生きてる間にお伝えしたかったです。

人間は影響を与えあいながら、生きて行く。

その影響力が大きさが、その人間の器だ。

そして、その力の使い方を教えてくれるのが、あなたのメンターだ。

あなたのメンターは誰ですか?

メンターは人生に「きづき」を与え、進むべき方向と、「使命」を与えてくれる。

「使命」とは「命の使い方」だ。

音楽は、感情をゆさぶり聴くもの「こころ」のありかたを変えるものだ。

音楽をアーティストが創るように、アーティストの「こころ」を創るプロデューサーになれたら…「細川 健」の生き方から学んだ…。

いまごろメンターは天国で、既得権はゆるさない、あの世のシステムを変えるのは、若者、馬鹿者、よそ者だ…とか言ってるんでしょうね…それともどこかで生まれ変わってますかね...。

-⑥「バンド」「ロック」「映画」「政治」「カルチャー」「社会問題」を心理学的考察で語ってみた

pageTop